坂口良子さんが旅立ち13年――希代の女優を支え続けた「夫」尾崎健夫の現在と、家族が紡いだ不器用な愛の形
坂口 良子 夫という存在は、彼女の波乱に満ちた人生において、常に世間の耳目を集めるテーマであり続けた。昭和から平成を駆け抜けた大女優・坂口良子さんが57歳という若さで急逝してから、2026年で13回忌を終え、歳月はさらに流れた。彼女が遺した数々の名作とともに、今なお人々の記憶に刻まれているのが、生涯で2度結んだ夫婦の絆だ。
最初の結婚相手である実業家との離婚、そして多額の借金。苦難の泥沼にいた彼女を救い、晩年を共にしたプロゴルファーの尾崎健夫氏こそ、多くのファンが坂口 良子 夫として思い浮かべる人物ではないだろうか。事実上の事実婚状態から、病魔に冒された彼女の最期を見据えて籍を入れた「10年越しの入籍劇」は、当時の芸能界に深い感動を呼んだ。
借金地獄からの救世主?「ジェット尾崎」との長い春

坂口良子さんと尾崎健夫氏の出会いは、彼女が前夫との離婚後、莫大な借金を背負って苦しんでいた時期にさかのぼる。前夫の保証人となっていたことで生じた負債は数億円とも言われ、女優業を続けながら返済に追われる日々。そんな彼女の前に現れたのが、プロゴルファー「ジェット」こと尾崎健夫だった。
二人の交際期間は10年以上に及んだ。しかし、すぐに再婚へと踏み切ることはなかった。そこには、多感な時期を迎えていた長女・杏里氏ら子どもたちへの配慮があったとされる。世間からは「なぜ結婚しないのか」と邪推されることもあったが、二人は焦らず、じっくりと家族としての距離を縮めていった。
なぜ最期の直前だったのか?「籍を入れた」本当の理由
2012年8月。二人はついに婚姻届を提出した。坂口さんが横行結腸がんを発症し、闘病生活に入っていた最中のことだ。このタイミングでの入籍は、単なる形式上の手続きではなかった。
尾崎氏は、彼女が病魔と闘う中で「正式な家族」として寄り添い、最期まで支え抜く覚悟を決めたのだ。籍を入れなければ、病院での面会や治療方針の決定において、法的な家族としての権利が得られない場合もある。愛する人の人生の幕引きを、夫として見届ける。その強い意志が、闘病中の入籍という決断を後押しした。
娘・坂口杏里との確執と、ステップファミリーとしての葛藤
再婚にあたって、最大の壁となったのが長女・坂口杏里氏との関係だった。思春期だった杏里氏にとって、突然現れた「新しい父親」を受け入れるのは容易ではなかった。尾崎氏もまた、どう接すべきか苦悩したという。
良子さんの没後、杏里氏は芸能界でのトラブルや私生活の乱れが度々報じられるようになる。尾崎氏は折に触れて彼女を心配し、時には厳しい言葉をかけながらも、突き放すことはしなかった。血の繋がらない親子が、母という唯一の結びつきを失った後、どのように関係を再構築していくか。それは現在もなお、静かに続く家族の課題である。
最初の夫との間に残された「傷跡」と巨額の負債
ここで時計の針を少し戻そう。坂口良子さんの最初の夫は、1986年に結婚した不動産会社役員の男性だった。バブル期の絶頂にあって、華やかな結婚生活を送っていたかに見えたが、バブル崩壊とともにその生活は暗転する。
夫の事業失敗に伴い、坂口さんは連帯保証人として巨額の債務を背負わされた。結果として1994年に離婚。しかし、離婚後も借金返済の義務は彼女について回った。この壮絶な経験が、彼女のその後の人間不信や、尾崎氏との再婚を慎重にさせた背景にあることは間違いない。
2026年現在、尾崎健夫が語る「妻・坂口良子」への想い
良子さんが旅立ってから13年が経過した2026年現在、尾崎健夫氏はゴルフ界のレジェンドとして後進の指導にあたる傍ら、折に触れて亡き妻への想いを口にしている。彼にとって、坂口良子という女性は今も胸の中で生き続ける唯一無二の存在だ。
「彼女が残した笑顔と、あの強さは今も忘れない」と関係者に語る尾崎氏。かつて二人で過ごした自宅には、今も彼女の写真が飾られ、当時のままの温もりが残されているという。時間が経てば経つほど、彼女が遺したものの大きさを実感すると、周囲の知人は明かす。
遺された家族の今と、受け継がれる不器用な愛の遺産
昭和の名女優が駆け抜けた激動の人生。その傍らで、静かに、しかし力強く彼女を支え続けた夫たちの存在は、彼女の光と影を象徴している。特に尾崎氏との絆は、形にとらわれない真実の愛のあり方を私たちに示してくれた。
波乱万丈だった彼女の生涯は、決して平坦なものではなかった。しかし、最期の瞬間に「夫」と呼べる人が隣にいてくれたこと、そしてその愛が今もなお語り継がれていることこそが、坂口良子というスターが私たちに残した、最後の、そして最も美しいドラマなのかもしれない。 (出典: 坂口 良子 夫(Yahoo!ニュース))