森ビルと森英恵は親戚?家系図と表参道ビル史から噂の真相を暴く

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森ビルと森英恵は親戚?家系図と表参道ビル史から噂の真相を暴く
森ビルと森英恵は親戚?家系図と表参道ビル史から噂の真相を暴く
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🎵 森ビルと森英恵は親戚?家系図と表参道ビル史から噂の真相を暴く

麻布台ヒルズや六本木ヒルズなど、東京の都市風景を一変させてきた総合ディベロッパー「森ビル」。そして、日本人として初めてパリ・オートクチュール組合の正会員となり、世界中に「マダム・バタフライ」の名を轟かせた伝説のファッションデザイナー・故森英恵氏。東京都心を象徴するこの2大ネームに対し、インターネット上や街の噂話では長年にわたり「森ビルと森英恵は親戚関係にあるのではないか?」「モデルの森泉さん・森星さんの実家は森ビルのオーナー一族なのか?」という疑問が持たれ続けています。

同じ「森」という苗字に加え、港区・青山・表参道といった超一等地の不動産や華麗なるセレブリティのイメージが重なることから、両者がひとつの巨大財閥系ファミリーのように語られるケースも少なくありません。本稿では、森ビルの創業者一族と森英恵ファミリーの双方の家系図、歴史的ルーツ、さらには表参道にかつて存在したランドマークビルの変遷を紐解きながら、噂の真相を明快に解き明かします。

📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
  • 要点1:森ビルの創業者一族(森泰吉郎家)と森英恵ファミリーの間に血縁関係や親族関係は一切存在しない
  • 要点2:噂の発端は、表参道にあった丹下健三設計の「ハナエモリビル」と、夫の実家が所有していた日本橋「森五ビル」の存在による名称の混同。
  • 要点3:森泉・森星らの華麗なる生い立ちは、アパレル帝国を築いた森英恵と戦前からの繊維商社「森五」の資産によるもので、森ビル(六本木ヒルズ等)とは完全に別系統。

【噂の真相】森ビルと森英恵に血縁関係はある?親戚説の結論

単刀直入に事実を述べると、森ビル株式会社の創業家と森英恵氏の一族には、血縁関係も姻戚関係も一切ありません。完全に独立した別のルーツを持つ家系です。

世間一般で「親戚ではないか」と囁かれる背景には、いくつかの強力な共通項が存在します。第一に、森英恵氏の孫である森泉氏森星氏がテレビ番組等で披露する規格外のセレブエピソード。第二に、森英恵氏のブランド「ハナエモリ」の本拠地が長年、表参道の一等地にそびえる巨大ビルだったこと。そして第三に、港区を中心に「ナンバービル」を展開してきた森ビルの存在感です。「東京の一等地にビルを所有する森家」という断片的な情報が結びつき、都市伝説的にひとつのファミリーとして誤認されていきました。

森ビルの家系図と創業者・森泰吉郎|森トラストとの違いも整理

森ビルの起源は、創業者である森泰吉郎(もり・たいきちろう)氏に始まります。森泰吉郎氏はもともと横浜市立大学で教授(経済学部長)を務めていた学者肌の人物でした。1955年に森ビルを設立し、戦後の虎ノ門・新橋エリアの木造密集地を地権者と共同で再開発。「第〇森ビル」と番号を冠したナンバービルを次々と建設し、港区の大家として一代で莫大な資産を築き上げました。米フォーブス誌の長者番付で世界一の大富豪(1991年・1992年)に選ばれたことでも知られています。

森泰吉郎氏の没後、その事業と家系は以下のように受け継がれました。

長男の森敬(もり・けい)氏は慶應義塾大学教授を務めた学者(妻は作家の森まゆみ氏)。次男の森稔(もり・みのる)氏が「森ビル」を継承し、アークヒルズ、六本木ヒルズ、虎ノ門ヒルズ、麻布台ヒルズといった大規模複合都市の開発を牽引しました。一方、三男の森章(もり・あきら)氏は不動産開発やホテル事業を主軸とする「森トラスト」を率いることになり、兄弟で事業を分割・発展させています。

この森ビルの創業家系図のどこを辿っても、ファッション業界に君臨した森英恵氏やその親族の名が登場することはありません。

森英恵の華麗なる家族構成|夫・森賢と孫(森泉・森星)へ続く系譜

対する森英恵氏のファミリーもまた、日本の近現代史において極めて華麗な系譜を誇りますが、その土台は「繊維・アパレル」にあります。

島根県六日市町(現・吉賀町)の医師の家庭に生まれた森英恵氏は、東京女子大学を卒業後、洋裁学校で技術を習得。1948年に元陸軍主計少尉で繊維会社「森五商店」の御曹司であった森賢(もり・けん)氏と結婚しました。この夫・森賢氏こそが、ビジネスパートナーとして株式会社ハナヱモリの社長を務め、英恵氏のデザインを世界的なビジネスへと押し上げた立役者です。

夫妻の間には長男の森顕(もり・あきら)氏(元ファッションプロデューサー)と次男の森恵(もり・けい)氏が誕生。森顕氏はアメリカ出身のモデル・パメラ氏と結婚し、その子供たちとして誕生したのが、ファッション業界やメディアで活躍する森勉氏(デザイナー)、森研氏(実業家)、森泉氏(モデル・タレント)、森雪氏(実業家)、森星氏(モデル)という著名な5人兄妹です。

このように、森英恵ファミリーのセレブリティとしての地位は、夫の実家である歴史ある繊維商社の経営基盤と、森英恵氏自身の世界的デザイナーとしての功績によって形成されたものです。

なぜ混同されたのか?表参道「ハナエモリビル」と日本橋「森五ビル」の歴史

血縁関係のない両家がなぜここまで混同されたのか、その最大の要因は「建築・不動産」の歴史にあります。

1978年、東京・表参道(港区北青山)に地上5階・地下2階の商業ビル「ハナエ・モリビル(正式名称:青山東福ビル)」が竣工しました。世界的な建築家・丹下健三氏が設計を手がけ、ハナエモリの旗艦店やオートクチュールサロン、高級レストラン、若手クリエイターのショップが集結。表参道のカルチャーを象徴する伝説的なランドマークとなりました。この建物が一般に「ハナエモリのビル」「森さんのビル」と呼ばれたことで、都内に林立する「森ビル」と頭の中で直結してしまった人が多発したのです。

さらに混同を深めた要因として、夫・森賢氏の実家が所有していた中央区日本橋本町の「森五ビル(現・森五ビルディング)」の存在が挙げられます。建築の巨匠・村野藤吾氏が1931年に設計した名建築であり、歴史的価値の高いオフィスビルとして知られています。「森ビル」という名称と、繊維商社「森五」が持つビル、そして表参道の「ハナエモリビル」という3つの要素が交錯し、世間の記憶の中で混ざり合っていきました。

青山・表参道の都市景観の変遷|ハナエモリビルからオーク表参道へ

時代の変遷とともに、表参道の街並みも大きく姿を変えました。長年親しまれたハナエモリビルは、建物の老朽化などを理由に2010年に惜しまれつつ閉館・解体されました。

その後、跡地には大林組や大林新星和不動産などによって再開発が行われ、2013年に複合商業施設「オーク表参道」が開業しています。丹下健三氏の息子である丹下憲孝氏(丹下都市建築設計)や現代美術家の杉本博司氏らがデザインに参画し、ハナエモリビルが持っていた先進的な美意識を継承する建物として現在も表参道のエントランスを飾っています。

なお、近隣の表参道駅直結ビルである「青山パラシオタワー」なども同エリアの著名建築として話題に上りますが、こちらも森ビル系列の施設ではありません。表参道周辺の不動産開発史を整理すると、森ビルによる開発(表参道ヒルズなど)と、森英恵氏にまつわる拠点(旧ハナエモリビル)は、場所こそ近いものの明確に異なる文脈で成立してきたことが分かります。

【森ビルと森英恵】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:森泉さんや森星さんの実家は森ビルのオーナー一族ですか?
A1:いいえ、違います。森泉さん・森星さんの祖母は世界的デザイナーの森英恵氏、祖父は繊維会社「森五商店」元社長の森賢氏であり、六本木ヒルズなどを所有する森ビル創業家(森泰吉郎家)とは全く関係がありません。

Q2:かつて表参道にあった「ハナエモリビル」は森ビルが建てたものですか?
A2:森ビルによる建築・所有ではありません。ハナエモリビルは世界的建築家・丹下健三氏の設計により1978年に建てられたハナエモリグループの拠点ビル(正式名:青山東福ビル)であり、ディベロッパーの森ビル株式会社とは無関係です。跡地には現在「オーク表参道」が建っています。

Q3:森ビルと森トラストの違いは何ですか?
A3:ともに創業者・森泰吉郎氏の事業から派生した企業ですが、現在は完全に別会社です。泰吉郎氏の次男・森稔氏が率いたのが「森ビル」(六本木ヒルズ、麻布台ヒルズ等の都市再開発)、三男・森章氏が率いるのが「森トラスト」(ホテル&リゾート、オフィスビル等の総合不動産)です。

まとめ:2つの偉大な「森家」が日本の文化と街に残した足跡

森ビル創業家と森英恵ファミリー。双方は血縁関係こそないものの、戦後の日本復興期から21世紀にかけて、東京という都市のブランド価値を世界最高峰へと押し上げた立役者であるという共通点を持っています。

一方は都市のインフラや再開発を通じて人々のライフスタイルを革新し、もう一方はファッションと美学を通じて日本のものづくりとエレガンスを世界に知らしめました。今なお表参道や六本木を歩くとき、この2つの「森家」がそれぞれ異なるアプローチで東京の街と文化を彩ってきた軌跡を感じ取ることができます。 (出典: 森 ビル 森 英恵(Yahoo!ニュース)