SMAPデビュー曲Can't Stop秘話!雨の挫折と6人の原点
日本のエンターテインメント史において、アイドルの概念を根底から変革し、名実ともに「国民的グループ」として一時代を築き上げたSMAP。解散から年月を経た現在でも、彼らの遺した名曲群と伝説的なエピソードは色褪せることがありません。その壮大な歴史の記念すべき第一歩となったのが、1991年9月9日に発売されたデビューシングル『Can't Stop!! -LOVING-』です。
しかし、後に数々のミリオンセラーを叩き出す彼らの船出は、決して祝福に満ちた平坦な道ではありませんでした。「出せば1位が当たり前」とされた当時のジャニーズ事務所において、オリコン初登場2位という予想外の苦杯をなめ、デビューイベントは土砂降りの雨に見舞われるなど、まさに波乱に満ちた幕開けだったのです。本稿では、当時の関係者証言や記録を紐解きながら、6人時代のSMAPが経験した知られざる挫折と逆転のドラマを徹底取材の視点から掘り下げます。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:1991年9月9日発売のSMAPデビュー曲『Can't Stop!! -LOVING-』は、オリコン最高順位2位に留まり、事務所の「デビュー作連続1位神話」が途切れる挫折から始まった。
- 要点2:台風が迫る西武園ゆうえんちでのデビューイベントでは、音響停止や土砂降りのアクシデントが発生し、これが6人の結束とハングリー精神の原点となった。
- 要点3:1990年代初頭の「アイドル冬の時代」をバラエティへの体当たり進出で打破し、後の爆発的なシングル売上推移と国民的スターへの道筋を切り拓いた。
【1991年9月9日】SMAPデビュー曲『Can't Stop!! -LOVING-』が刻んだ波乱の幕開け

1991年9月9日、月曜日という異例の発売日に世へ放たれたSMAPのデビュー曲『Can't Stop!! -LOVING-』。前年に一世を風靡した光GENJIの爆発的なブームが落ち着きを見せ始め、音楽業界全体が大きな転換期を迎えていた時代でした。
華々しいスポットライトを浴びて登場した6人組でしたが、突きつけられた現実は極めて過酷なものでした。当時、ジャニーズ事務所の所属グループはデビュー曲でオリコンチャート1位を獲得することが絶対の不文律とされていましたが、『Can't Stop!! -LOVING-』のオリコン最高順位は2位。当時チャートの頂点に君臨していたのは、社会現象を巻き起こしていたCHAGE and ASKAのモンスターヒット『SAY YES』でした。
事務所の上層部や業界関係者からは「失敗」の烙印を押されかねない空気が漂い、メンバーたちにも強烈な焦燥感が広がります。華々しいデビューのファンファーレは、彼らにとって残酷な試練のゴングとなったのです。
【知られざる裏話】大雨の西武園ゆうえんちイベントとオリコン2位の衝撃

デビュー当日に開催された記念イベントもまた、語り継がれる伝説のアクシデントとなりました。会場となった埼玉県所沢市の西武園ゆうえんち特設ステージには、約1万5,000人ものファンが集結。しかし、折悪しく接近していた台風の影響により、現場は激しい豪雨に見舞われました。
さらに追い打ちをかけるように、ライブの途中で音響設備に水が入り込み、バックスピーカーの音が完全に停止するトラブルが発生します。演奏もマイクの音声も途切れる極限状態の中、メンバーは互いに顔を見合わせ、アカペラと生声で歌い続けました。びしょ濡れになりながら必死にパフォーマンスを続ける6人の姿に、観客席からは割れんばかりの声援が送られたといいます。
華やかな演出が吹き飛んだからこそ露わになった、ステージに懸ける生々しい気迫。この「大雨の西武園」での原体験こそが、逆境に立たされても決して諦めないSMAP特有のタフネスの根源となりました。
【スケートボーイズから誕生】SMAP結成経緯と6人時代の葛藤

SMAPの結成は1988年4月に遡ります。もともとは光GENJIのバックダンサーを務めていたジャニーズJr.内ユニット「スケートボーイズ」の総勢12名の中から、選抜されたメンバーで構成されました。グループ名は「Sports Music Assemble People」の頭文字を取って故・ジャニー喜多川氏によって命名されています。
当時のメンバーは、リーダーの中居正広、抜群の存在感を放つ木村拓哉、独特の感性を持つ稲垣吾郎、運動神経と歌唱力に秀でた森且行、確かな演技力を秘めた草彅剛、そして最年少の香取慎吾という6名でした。
結成からCDデビューまで約3年半という、当時としては比較的長い下積み期間を過ごした彼ら。特にSMAP 6人時代において、森且行は木村拓哉とともにメインボーカルを二分する極めて重要な中核メンバーでした。1996年5月の森且行の脱退(オートレース選手への転身)に至るまで、この6人で築き上げた絶妙なバランスと切磋琢磨の歴史が、グループの地力を底上げしていきました。
【楽曲分析】作詞・森浩美×作曲・Jimmy Johnsonが込めた歌詞の意味
グループの原点である『Can't Stop!! -LOVING-』は、楽曲自体の音楽的クオリティも秀逸です。作詞を手掛けた森浩美氏と、作曲のJimmy Johnson氏のコンビネーションにより、80年代後半のきらびやかな歌謡ポップスと90年代のダンスビートが見事に融合しています。
イントロから鳴り響くキャッチーなブラスサウンドに乗せ、楽曲中にはメンバーの名前を叫ぶコール(「NAKAI! KIMURA! INAGAKI! MORI! KUSANAGI! KATORI!」)が大胆に組み込まれました。これはファンとの一体感を生み出し、個々のキャラクターを即座に認知させるための画期的なギミックでした。
Can't Stopの歌詞の意味を深く読み解くと、止まらない恋心(Loving)をストレートに歌い上げつつも、夢に向かって走り出したばかりの少年たちが抱く「誰にも止められない情熱」がオーバーラップします。未完成ゆえの青々しい輝きと、がむしゃらなひたむきさが、楽曲全体に圧倒的な躍動感を与えています。
【アイドル冬の時代】バラエティ進出で掴んだ奇跡のシングル売上推移
1990年代初頭は、主要な歌番組が次々と終了し、歌って踊る男性アイドルが冬の時代を迎えていた時期でした。歌番組での露出が激減する中、SMAPが活路を見出したのは、従来のアイドルが避けていた本格的なバラエティ番組への進出でした。
フジテレビ系『夢がMORI MORI』でのコント挑戦や体を張った罰ゲームなど、泥臭い挑戦を重ねることでお茶の間の好感度を獲得。中居正広のMC力や木村拓哉のドラマでの爆発的なブレイクがグループに還元され、彼らの人気は社会現象へと発展していきます。
その成果はSMAPのシングル売上推移にも如実に表れました。デビュー初期は10万〜20万枚前後で推移していた売上も、1994年の『Hey Hey おおきに毎度あり』で悲願のオリコン1位を獲得。その後、『がんばりましょう』『どんないいこと』、そして1998年の『夜空ノムコウ』でのミリオン達成、2003年の『世界に一つだけの花』のトリプルミリオンへと繋がっていくことになります。
【Can't Stop SMAP】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:『Can't Stop!! -LOVING-』のオリコン1位を阻んだ楽曲は何ですか?
A1:CHAGE and ASKAの名曲『SAY YES』です。フジテレビ系ドラマ『101回目のプロポーズ』の主題歌としてメガヒットを記録しており、惜しくも週間ランキング2位となりました。
Q2:デビュー曲の曲中にメンバーの名前が叫ばれているのはなぜですか?
A2:当時のジャニーズJr.ユニットとしては異例だったメンバー個人の名前を一般リスナーに早く覚えてもらうための演出です。ライブ会場でのコール&レスポンスを促す仕掛けとしても絶大な効果を発揮しました。
Q3:森且行さんの脱退後、このデビュー曲はどのように歌い継がれましたか?
A3:森さんのパートは主に木村さんや中居さんがカバーし、5人体制になってからも周年記念コンサートや特別なステージで歌われ続けました。SMAPの原点を象徴するアンセムとして、ファンにとってもメンバーにとっても別格の扱いを受けています。
まとめ:挫折から国民的グループへ駆け上がった伝説の原点
SMAPの歴史は、決してエリート街道を歩み続けた物語ではありません。『Can't Stop!! -LOVING-』で味わった初登場2位の挫折、大雨でずぶ濡れになりながらマイクを握りしめた西武園ゆうえんちの屈辱と意地。そのすべてが、彼らを「何があっても立ち上がる不屈のアイドル」へと鍛え上げました。
時代が移り変わっても、彼らのスタートラインに刻まれた熱い鼓動は、楽曲の中に永遠に息づいています。立ち止まることなく時代を駆け抜けたSMAPの原点を知ることで、彼らが遺した音楽の深みがより一層鮮やかに胸に迫ってきます。 (出典: can t stop smap(Yahoo!ニュース))