きゃりーぱみゅぱみゅの本名は竹村桐子!芸名由来と結婚後の苗字の真相
原宿カルチャーの旗手として日本のポップアイコンに君臨し、世界中に熱狂的なファンを持つきゃりーぱみゅぱみゅさん。2023年の電撃結婚、そして2024年の第1子出産を経て、2026年現在も一児の母として、また表現者として唯一無二の存在感を放ち続けています。
きらびやかで奇抜な世界観を纏う彼女ですが、ファンの間で長年大きな話題となってきたのが「本名の意外な響き」や「奇抜な芸名が生まれたエピソード」です。本記事では、彼女の本名にまつわる確定情報から卒アル流出の経緯、俳優・葉山奨之さんとの結婚に伴う苗字の変化、さらには知られざる生い立ちまでを徹底取材に基づいて分かりやすく紐解きます。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:きゃりーぱみゅぱみゅの本名は「竹村桐子(たけむら きりこ)」であり、卒アルや読者モデル時代から広く知られている。
- 要点2:正式なフル芸名は「きゃろらいんちゃろろっぷきゃりーぱみゅぱみゅ」で、高校時代の金髪ウィッグ姿のあだ名が誕生のきっかけ。
- 要点3:2023年に俳優・葉山奨之と結婚し、戸籍上の本名は「葉山桐子」になったとみられ、2026年現在は育児と芸能活動を両立中。
【判明】きゃりーぱみゅぱみゅの本名は「竹村桐子」!卒アルやすっぴん写真から広まった経緯

きゃりーぱみゅぱみゅさんの本名は、「竹村 桐子(たけむら きりこ)」です。ファンタジックでアヴァンギャルドなステージネームとは対照的に、どこか凛とした和の趣を感じさせる美しい本名を持っています。
この本名が世間に広く認知されるようになった発端は、ブレイク直後にインターネット上へ流出した中学校および高校の卒業アルバム(卒アル)写真でした。写真の氏名欄にははっきりと「竹村桐子」と記載されており、ファンの間であっという間に拡散されました。
卒アルに写る彼女はステージ上のフルメイクとは異なる「完全なすっぴん」でしたが、当時から大きな瞳と整った顔立ちが際立っており、「すっぴんが可愛すぎる」「本名とのギャップが素敵」と絶賛の声が相次ぎました。また、メジャーデビュー前にジュニアアイドルや読者モデルとして活動していた時期の記録からも、本名が竹村桐子であることは紛れもない事実として知られています。
正式名称は「きゃろらいんちゃろろっぷ」?インパクト抜群の芸名が誕生した意外な由来

一度聞いたら忘れられない「きゃりーぱみゅぱみゅ」という名前ですが、実はさらに長い正式名称が存在します。それが「きゃろらいんちゃろろっぷきゃりーぱみゅぱみゅ」です。
この強烈なインパクトを放つ芸名は、彼女の高校時代(東京都立鷺宮高等学校)の日常から偶然生まれました。当時、原宿カルチャーに夢中だった彼女は、頻繁に金髪のウィッグを被って登校や街歩きをしていました。その姿を見た友人たちから、外国人風の響きを込めて「きゃりー」と呼ばれるようになったのが最初のきっかけです。
しかし、本人は「きゃりー」だけではどこか物足りなさを感じていました。そこで、当時好きだったお笑いコンビ・サバンナの八木真澄さんの一発ギャグ「パミュ」の語感や、声に出したときの可愛らしい音の跳ね方にインスピレーションを受け、自ら「ぱみゅぱみゅ」を付け足しました。さらに「もっと外国人っぽさを際立たせたい」という遊び心からミドルネームのような「きゃろらいんちゃろろっぷ」を冠し、唯一無二のフルネームが完成したのです。
俳優・葉山奨之との結婚で苗字はどう変わった?戸籍上の本名と夫婦生活のリアル

プライベートにおける大きな転機となったのが、2023年3月21日に発表された俳優・葉山奨之(はやま しょうの)さんとの結婚です。SNS上で公開されたレトロポップなペアルックの結婚報告写真は、国内外から祝福の嵐を巻き起こしました。
結婚に伴い注目されたのが「結婚後の苗字はどうなったのか」という点です。葉山奨之さんは本名で芸能活動を行っているため、日本の現行法制度(夫婦同姓)に則って夫側の姓を選択していれば、きゃりーさんの戸籍上の本名は「葉山 桐子(はやま きりこ)」になったと考えられます。
芸名はもちろん「きゃりーぱみゅぱみゅ」のまま活動を継続していますが、私生活では愛するパートナーと新たな家庭を築き、本名も「竹村」から「葉山」へと新たな一歩を踏み出しました。記念日やお互いのSNSで時折見せる自然体なツーショットからも、円満な夫婦関係がうかがえます。
プロフィール総ざらい|生年月日・年齢・厳格だった実家の家族構成
原宿系カリスマのルーツを探るべく、基本プロフィールと幼少期の家庭環境を整理しました。
きゃりーぱみゅぱみゅさんは1993年1月29日生まれ、東京都西東京市(旧・田無市エリア)の出身です。2026年の誕生日で33歳を迎えました。
実家の家族構成は、父親・母親・本人の3人家族(一人っ子)です。原宿の自由奔放なストリートファッションのイメージとは裏腹に、実家は非常に礼儀や生活態度に厳しい家庭でした。
特に母親の教育方針は厳格そのもので、学生時代は厳しい門限が課されていたほか、派手な原宿系ファッションで外出することを反対されていた時期もありました。そのため、当時は「家を出るときは地味な服を着て、駅のトイレで派手な古着に着替えて原宿へ向かう」という生活を送っていたという有名なエピソードがあります。そうした厳しい家庭環境への反発心や創意工夫こそが、彼女の類まれな自己プロデュース力を磨き上げた原動力と言えます。
原宿の読者モデル時代から世界へ羽ばたいた軌跡と鷺宮高校時代
彼女の才能が世に見出されたのは、東京都立鷺宮高等学校に在学していた10代後半のことでした。
原宿でのストリートスナップをきっかけに、ティーン向けストリートファッション誌『Zipper』や『KERA』、『HR』などの人気読者モデルとして頭角を現します。当時から古着と個性的な小物をミックスした独自の着こなしはカリスマ的な人気を博していました。
その後、音楽プロデューサーである中田ヤスタカ氏との運命的な出会いを果たし、2011年夏にミニアルバム『もしもし原宿』でメジャーデビュー。「PONPONPON」「つけまつける」「ファッションモンスター」などのメガヒットを連発し、瞬く間に世界ツアーを成功させるグローバルスターへと駆け上がっていきました。
出産を経て母となった現在|仕事と子育てを両立する2026年最新の姿
2024年4月に第1子の妊娠を発表し、同年10月に無事出産を報告したきゃりーさん。2026年現在、子どもはすくすくと育ち、彼女自身も母としての生活にすっかり馴染んでいます。
SNSやメディアでは、子育てに奮闘しながらも自分らしいカラフルなライフスタイルを楽しむ姿を発信しており、同世代の女性や働く母親層からも絶大な共感を集めています。
出産後もアーティストとしての表現意欲は衰えることなく、音楽フェスへの出演やブランドのプロデュースなど、活動の幅を柔軟に広げています。かつての「原宿の不思議少女」から「芯のある表現者・母親」へと美しく進化した姿は、多くの人々に勇気を与え続けています。
【きゃりーぱみゅぱみゅの本名】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:きゃりーぱみゅぱみゅの本名と正しい読み方は何ですか?
A1:本名は「竹村 桐子」で、読み方は「たけむら きりこ」です。学生時代の卒アルやすっぴん写真の流出、デビュー前の活動履歴などから広く知られています。
Q2:正式な芸名がすごく長いと聞きましたが本当ですか?
A2:本当です。正式なフルネーム芸名は「きゃろらいんちゃろろっぷきゃりーぱみゅぱみゅ」(Caroline Charonplop Kyary Pamyu Pamyu)です。高校時代のあだ名「きゃりー」に、響きの可愛い「ぱみゅぱみゅ」とおしゃれな外国人風の名前を組み合わせて命名されました。
Q3:俳優の葉山奨之さんと結婚した後の苗字はどうなりましたか?
A3:日本の夫婦同姓制度のもとで夫の姓を選んでいる場合、戸籍上の本名は「葉山 桐子(はやま きりこ)」になっていると考えられます。仕事上は引き続き「きゃりーぱみゅぱみゅ」として活動しています。
Q4:きゃりーぱみゅぱみゅの出身高校や実家の場所はどこですか?
A4:出身高校は東京都立鷺宮高等学校です。実家は東京都西東京市(旧田無市エリア)にあり、両親と本人の3人家族で育ちました。
まとめ:本名の素朴さと唯一無二の表現力で輝き続ける新時代アイコン
きゃりーぱみゅぱみゅさんの本名「竹村桐子」という凛とした響きと、誰も真似できない「きゃろらいんちゃろろっぷきゃりーぱみゅぱみゅ」という芸名のコントラストは、彼女が持つ多面的な魅力の象徴でもあります。
厳格な家庭で育ち、原宿の読者モデルから世界のトップスターへと上り詰めた彼女は、結婚と出産を経て、私生活でも豊かな実を結びました。2026年を迎えた今もなお、時代の変化にしなやかに適応しながら自分だけのポップアイコン像を更新し続けるきゃりーぱみゅぱみゅさん。これからの新たな挑戦とさらなる活躍から、今後も目が離せません。 (出典: きゃ りー ぱみゅ ぱみゅ 本名(Yahoo!ニュース))